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2008年11月4日火曜日

11月1日 冠山 登頂







地図で岐阜側からの道がはっきりせず、福井側から冠峠を目指しました。途中まで完全舗装ですが、やがて穴ぼこだらけの簡易舗装の七曲りの林道となります。峠に近づくにつれ、濃いガスとなります。
すでに30台ほどの車、晴れるまで待つという方もいます。
ガスの中、出発。ほとんど平らな道を40分程で冠平との分岐点へ着きます。そこから右へ山頂へトラロープの急登ですぐに登りきって左へ行くと山頂です。先客が4人、1人の退職した男性は300名山を目指し、今220程だと云います。
ガスは晴れず、割りと近くに見えるはずの能郷白山は見ることができません。20分ほどのんびりして下山します。半分くらいまで戻ってくると、みるみるガスが晴れてきます。1番上は途中からの山頂。2番目は同じ所から冠峠を写したもの。峠は100台近い車です。地元では紅葉の名所ということで、峠でシートを引いて宴を開いているグループもいます。3番目の写真は峠の登山道入り口から山頂を写したものです。
写真のとおりの特徴的な山容です。峠自体標高が高く、小1時間で楽に登れ、見晴らしも良く、ハイキング気分で行けるお薦めの山です。正午過ぎ、すっかり晴れた中を越前大野へ向かいます。
時間が余り、大野市でイトヨの里、本願寺清水(しょうず)、湧水のお清水(しょうず)を見学の後、勝山観光協会紹介の勝山ニューホテルへ投宿、夕餉はタクシー運転手紹介の小料理屋、喜代美へ伺いました。

2008年10月13日月曜日

10月12日 能郷白山 登頂













名古屋の旅館「松泉郷」泊、就寝2時間で足がこむらがえりで起きてかっちりと目が覚めてしまいます。
5時起床予定が目覚ましがならず6時起床、年寄りいっぱいのデニーズで小さなパンと野菜スープの朝食。晴天の中、根尾村を目指します。ナビ任せで名古屋高速から東名、岐阜羽島で降り瑞穂市経由、根尾村へ。10数年前、父と薄墨桜の観光を思い出します。その頃は山も登山も全く知らず、真っ白な白山から冷たい風が吹き下ろしていたのが、そして大勢の人で賑わい、帰りに岐阜への道を行くと、反対車線が20数キロもの渋滞だった事を改めて思い出します。
国道で温見(ぬくみ)峠の予定が樽見から土砂崩れで通行止め。天下の往来、国道なのに「地元車両優先」の立札が笑わせてくれます。2時間で山頂の予定が、3時間で山頂の根尾谷からの登山道へ。これが更に番狂わせの超厳しい登山へ。


「私有地につき立ち入り禁止」のふざけたゲート前(林道は国費で建設されてるのだろう)には10台程の車。着替えて林道を進みます。昭文社刊2006年版「日本200名山を登る(下巻)」ではゲートからすぐ左側に登山道の記載ではあった。しかし無く、ひたすら舗装の林道を進みます。間違えたのかと何度も思いますが小一時間で分岐点に。鍵を開けて入ったのでしょう、地元車両があります(ふざけてるなー)。
まっすぐの道は大石で車が入れない様に塞がれ、上にケルンがあるので進みます。しばらくして振り返ると左に行った若い親子連れが下がってくるのが見え、分岐点へ戻ります。「登山道はこちらでしょうか」と声をかけると、「否、行き止まりで戻って来ました」「私は前に登ったことがありますが、その時は入ってすぐ左に登山道があった記憶がある」「尾根筋を登ったのに、この道は谷筋を進んでいる、おかしい」といいます。「でも無かったですよね、こっちにケルンはあるし」と私。

そして真っすぐを、一緒に進みます、結構な登りで答えます。30分程でありました、登山口が。(2番目の写真)
前はここまで、車で入れたのが、今は6km程下でゲートを設置してるのです。ここが標高710m、山頂で会った方がゲートの標高は310mと云ってましたから結構な登りです。体調万全では無い私は、この時点でもうバテバテです。朝のチンケな食事でお腹はすくし。持参はサークルKで購入のいなりずしとソーセージ1本ですし。
登山道に入ります、前山まで急登につぐ急登です、本当にこたえます。標高1000m程にも登山道入り口標識と廃棄された林道が。昔はここまで車で入れたのでしょう。廃棄林道はさらに右上の稜線近くまで続きます。加賀白山で見たように、何10段もの砂防ダムが見えます。
300名山で日本各地の山奥を歩くと、何10億円も投入されて建設されながら、すぐに廃棄された林道を数多く見ることができます。最初から必要が無かったのでしょうが、とても、とても悲しい気持になります。
急登を進みます、立ち止まりを繰り返しながら。
喘ぎながら前山に着くと前方に山頂が見えます。(3番目写真)向って右の方が頂上です、真ん中辺に木の祠があります。ここから一旦下って登り返して山頂です(5番目)。前山から振り返ると秋晴れの中、尾根筋左奥に能郷部落が、右側の谷筋奥にはダム湖が見えます(4番目)。1時間ちょっとで山頂へ、午後2時でした。先着の滋賀からの親子連れと歓談、昼食。行き交う人も皆きつかったと云います。大回りして温見峠から来たという人2人。樽見から村道をまわり温見峠には行けるとの事でゲート右上に小さな案内図があったとの由。私も見ましたがそれが迂回案内とはとても思えませんでした。
山頂は前山から見えるとおり笹に覆われた台地状で、(1番目)南に冠山、北に加賀白山が見えます。なかなかの眺望です。しかし、ゲートから1300mの標高差を登ったのですから、とてもきついです。
前述のとおり、林道には何ひとつ標識はありません。私には登山以外使用目的のないと思われる通行止めの林道ですが、まだ幅100m以上の大規模な法面(のりめん)工事や砂防ダム構築が行われています。
食事と写真撮影のあと、帰りをとにかく急ぎます。林道分岐点で日は暮れ、宵の明星と満月を見ながら暗い中を1人進みます。ゲート到着は午後5時50分でした。3時間半程のお気楽ハイキングの予定だったのが、8時間近くの急登登山で、本当にヘトヘトに疲れました。
この時間では当然温泉旅館の利用などままならず、真っ暗な中を樽見部落へ、そして国道を岐阜に戻りました。 

10月11日 藤原岳 登頂







11日夕方、愛車のレーシングブレーキ装着の採寸と見積もりで名古屋のデッキさんに伺う予定があったので、四日市の近くの藤原岳へ登りました。前日に四日市に入りましたが、深夜から雨となり止みません。小雨となりましたが、雨では全く登る気はしません。観光と行っても特に行きたい所は無く、とりあえず登山口まで行ってみるかということで、西藤原駅近くへ向かいます。すると雨は止み日が差してきました。
表登山道駐車場を確認した後、水を買いに聖宝寺下の自販機へ行きます。秋祭りらしく、人達が提灯や神輿、太鼓の準備をしています。
駐車場は10台位、立派な、そして無意味な休憩所があります。
樹林の中をずっと登って行くと、やがて聖宝寺からの裏登山道との合流点に着きます。そこから急な登りとなります。下草の無い落ち葉の登山道は不明瞭で、マーキングが頼りです。石が多く、やや歩きずらい道を登り切ると避難小屋に着きます。
山体上部は台地状となっており、この台地へ下ってから山頂を目指します。山頂は石垣が残っており、御堂をしのばせます。
1番目の写真は山頂から避難小屋を、2番目は同じく山頂から台地を見下ろしたもの。3番目が山頂です。その後台地へ下ったところ、駐車場から下って行った若い女性2人と会い、尋ねると「聖宝寺登山口から登り、表登山道を下る」と云います。
当初、表登山道往復の予定でしたが、帰りは裏登山道を降ります。
沢筋が土石流跡の様にも見え、深さ10m程のものが数100mも走ります。その脇を歩いたり、途中50m程その中を歩きます。
やがて聖宝寺へ着き、階段を降り、神社の脇を降りると、村道へ出ます。表登山道へは800m程です。

2008年9月15日月曜日

9月15日 七つガ岳 中止

14日、居酒屋桜さんで、ジョッキ2杯、地酒3合が効いたのか、とても疲れた感じで起き上がれません。


4時半の目覚ましでしたが、8時までベット、それから帰宅します。那須塩原インターから曇天の中、快適なドライブです。途中NSXのパトカーや覆面が違反者を捕まえていました。普通に走っていて捕まる理不尽には断腸の思いです。

帰宅後、ホイルとリアを洗いました。高速を走るとパッドかすでホイルが真っ黒になります。リアは排気ガスと塵で、とても汚れます。


田島駅前のビジネスホテルみなとは2回目ですが、前に引き続き今回も虫に刺され嫌になりました。ベット関連のクリーニングがなされてないのでしょう。
素泊まり6800円も田舎にしては高めですね。

9月14日 高原山 登頂






















鬼怒川有料道路から日塩もみじラインへ入り高原山を目指します。くねくねした道路で、30km未満で走る4駆に道をふさがれます。譲ることも知らない丸出しの馬鹿です。気を見て追い越し、登山口を目指します。

鶏頂山登拝口を確認しましたが、水の用意がありません。エーデルワイス、ハンターマウンテンのスキー場へ行きますが自販機はありません。廃棄となったメイプルスキー場入口反対側のゴルフ場へ行きます、11時早目の昼食とします。バイキングで2000円、女の子に2L水筒に半分水を入れてもらい、登拝口へ戻ります。11時20分、6番目の写真の1の鳥居から登ります。車が5台ほど止まっていたので、私もここに車を置いたのですが、この先、鶏頂山スキー場跡まで車で行くことが可能です。
そこからスキー場跡を(5番目写真)緩やかに登ります、やがてスキー場跡最高点(4番目の写真)へ着きます。かってメイプル、鶏頂山、鶏頂山見晴しと3つのスキー場があった看板があります。
そこから平らなツガ系の樹林の中を進むと、すぐに水溜りの様な弁天池に着きます(3番目の写真)。
木の鳥居を進むと鶏頂山、左が鞍部から沢沿いの道です。右に進み鶏頂山を目指します。1の鳥居から1時間40分程で山頂へ着きます。山頂いっぱいに木造の神社が鎮座します(1番目の写真、鞍部からの鶏頂山、北面はガレています)。下って最高点の釈迦ガ岳を目指します。1時間程で到着、小さな祠に高原山神社(2番目の写真)とあり、この山がかっては高原山と呼ばれ現在の総呼高原山となったのでしょうか。
小さな山の集合体といった趣きです。戻って鞍部から沢沿いの道を下り弁天池に戻ります。16時20分車の所へ戻りました。
バイクの連中がたむろしています、日塩もみじラインは格好のバイクコースです。
明日の、七つガ岳へ備え田島のビジネスホテルみなとへ向かいます。

9月14日 女峰山、太郎山、中止 

前日13日に愛車で日光いろは坂入口に21時到着、駐車場で仮眠、夜は雨となり明日が懸念されるます。幸い14日は雨は止み薄曇り。光徳牧場手前の裏男体林道を目指します。手前の三本松PAの食堂で親子丼を食べますが、これが砂糖をかけているらしく、甘いんですよーー。田舎に来ると本当に食べ物に参ります。

その後、裏男体林道へ赴いたところ、昭文社発行の⑬地図では志津乗越までは舗装と記載にもかかわらず、ネットでもそう話題になっていました。そうではない感じなのです。入口は道路一面の水溜りです。とてもスポーツカーで入れる状態ではありません。また標識も一般車走行困難となっています。


舗装というから、テントや自炊道具持参で赴いたのに、ガックリです。同時にいい加減だなーーという思いです。

中禅寺湖湖畔の喫茶スプーンでコーヒーを頂き、今市インターから高原山を目指します。

2008年9月6日土曜日

9月6日 毛無山登頂





先月、朝霧高原まで行きながら曇天というか麓までガスのため取り止めた毛無山へ登って来ました。
朝7時40分、麓(地名です)の駐車場を出発。朝霧高原は晴れですが富士山方面は全面ガス、その頃は毛無山もきれいに見えていたんですが、ちょこっとガスがあり、「これは上がってくるな」と思いましたが、じきに覆われてしまいました。2番目の写真の不動の滝までは日が差しています。2段で落差60m位でしょうか、細い滝です。
2合目までは縦横の林道、堰堤、底と側面を大石とコンクリで固めた川等、例によって壊し放題です。杉の人工林を過ぎると、雑木林の一直線に近い急登が9合目過ぎの稜線まで続きます。
立ち止まっての小休止を繰り返しながら3時間10分で稜線にたどり着きます。手前で地元の方と会い、「訓練で登っている」(これはネットにもありました、私はやりたくありません)「頂上の先にお花畑がある、6人程頂上にいる」と言います。稜線からは平らな道を10分で頂上です(3番目の写真)。
晴れていれば見事な富士が望まれるのでしょう。その先へ進みます、すぐに小さな1番目のお花畑です。トリカブトが目立ちます、南アの光岳手前の群落を思い出します。
その先の最高点と思いましたが、ガスが強烈に沸いてきます。戻ることにします。
稜線からの富士の展望が無ければ、見るところは皆無です。下山にかかります、降りは2時間10分でした。先月の経ガ岳に似たコースです、距離は半分以下ですが、眺望の少ない所は似ています。
私のすぐ後の初老の男性が遅れて登頂しましたがグロッキーでした。下山途中の7合目で会った初老の女性もグロッキーで「止めようかな」と言います。
とにかく急登で楽なコースではありません。地元の方8人と、他に7人でした。道の駅「朝霧高原」で山菜蕎麦を食べ、富士吉田インターから中央高速で帰京しました。疲れました。