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2022年1月30日日曜日

山椒沢歩道 1月23日

キンダン川ハイライト部分への入り口。ここで引き返す。

前回から続き。

郷台林道へ出て橋の沢林道へ向けて進みます。伐採現場を通ります。日曜なので休止の様です、

ウインチ、ワイヤーの巻き取り機です。これでリフトに吊るした木材を運搬するのです。これは巻取りだけで運搬するわけではありません。


真ん中に赤いリフトが見えます。

郷台林道を進んで橋の沢林道から崩壊地を越えて四郎治林道へ入ります。冬は藪が無く楽です。夏は崩壊地を越えられず、稜線に上がりました。

四郎治林道のトンネルをくぐって右に進みます。


200m位進むと四郎治林道から稜線に上がる様に山椒沢歩道の標識があります。


稜線を左に右にと、どんどん進みます。


房総丘陵特有の両側が切れ落ちた細い稜線。標識やテープは一切ありません。道と言えば道、道じゃないと言えば道じゃない感じ。少しの不安を覚えながらどんどん進みます。


道を掘った所に出ます、小型特殊機関の伐採林道です。間違いない様です。道はジグを切って降って行きます。


掘った道は真っ直ぐ続いていますが標識は右を示し、右に進みます。


広い尾根筋を降るとキンダン川が見えます。


Ω状に蛇行している所に降りると炭焼き跡があります。キンダン川には何か所もこの炭焼き跡がありますね。Ω状の内側を人為的に平らにしたのかも知れません。


去年3月にキンダン川を初めて遡行した時に、この標識を見た事を思い出しました。その時は古道の事は全く知りませんでした。


深いU字峡谷のキンダン川は浅い所は凍っています。ここから上流へ行くとキンダン川のハイライト部分です。四方木に抜けます。ただ入り口に水深4、50cmの函があり、漕いでいかなければなりません。今日は登山靴に毛糸の靴下です。入水はしたくありません。0度近い水では麻痺痙攣となるかも知れません。だめなら戻る事にして、行ってみます。

反対側の下流は小櫃川まで結構あります。更に県道を歩いて四方木まで戻らなければなりません。

激しく蛇行する川を遡上していきます。そして100m近い峡谷のハイライト部分に到着。


ダメです、水は満水。戻る事にします。夏に沢靴でまた来たいと思います。


下流はゴーロの石で歩きづらい。たんたんと歩いて行きます。


川廻しのトンネルに着きます、半分以上崩落で埋まっています。くぐります、上は幅2m位です、やがて落ちそうな感じ。


進んで行くと白岩温泉の採湯場です。硫黄の匂いが立ち込めます。千葉には火山帯は無いので、正しくは冷泉です。温めなければなりません。

キンダン川から湯ヶ滝廃集落へはここから上がって行きます。


直ぐに小櫃(おびつ)川に出ます。右奥がキンダン川です。赤テープと標識も見えています。小櫃川も水が少なく、簡単に渡れます。

150m上流へ行くと、右岸に道があり、登っていくと直ぐに白岩橋手前のカーブミラーの所に出ます。

後は県道を四方木まで戻ります。今日は良く歩きました。県道のアスファルトを歩いていると内腿が攣り気味です。

ただ今日は道迷いや藪漕ぎ、崖の登り上げは全然なく、早かったし、その点は楽でしたね。道の無い所を行くとか、崖の昇り降りとかはほんとうに時間と体力を使いますからね。


四方木(よもき)コミニュティ会館の車に戻りました。着替えて鴨川に出て長狭(ながさ)街道で保田(ほた)の定宿へ向かいます。

この日のヤマップのログです。云、楽しかったですね。キンダン川は再訪したい、最上流登り上げや、支流へと行きたい。支流もほんとうに面白そうです。

初めての方は小櫃川から遡上が良いでしょうけど、再訪者は四方木から入るのも近くて良いと思います。

 


川の状況は刻々と変わります。また歩道は東大演習林となっており、進入の際は連絡しろとの事です。行かれる際は自己責任で。

キンダン川はほんとうに素晴らしい。「死ぬまでに見たい日本の景色」とか「日本のベスト20」その他あって、「えー-、こんな所が」「馬鹿野郎」と思うのが常々です。
有名で大変にがっかりする所(多い)、無名で素晴らしい所、その落差は大きいです。十分に勘案されて行かれて下さい。

2022年1月25日火曜日

池の沢歩道 1月23日

池の沢歩道の新道から旧道の間のキンダン川。キンダン川上部はほんとうに面白い。


四方木からの池の沢歩道は、最初にキンダン川を遡上した時、そして四郎治林道を一周した時にキンダン川までは確認しています。キンダン川からの上陸地点の反対側は断崖絶壁で取り付くしまはありません。

郷台林道からの池の沢歩道はどこに行くのか調査探求して来ました。意外な結果で面白かったですね。


四方木自治会館に車を置いて出発します。介護保険施設の左横の道へ入ると右と突き当りに民家があり、突き当りを左にコンクリの道を上がって行きます。すると新しいお墓があり、右が平らな40m幅の杉造林となっており、右へ横断すると掘れた道が上へ続いています。ジグを切って登ると上の写真の小屋の沢歩道と池の沢歩道の分岐点です。左の小屋の沢歩道を行くと郷台林道に着きます。右が池の沢歩道です。ここまで案内やテープ等一切ありません。

小屋の沢歩道は「あれ、こんなに荒れていたっけ」と思う倒木です。そして上の写真の崩落を越します。

郷台林道が指呼のうちです。林道手前は赤杭で階段に整備されています。



ダンプ林道の郷台林道へ出た所。

池の沢関所跡を過ぎて歩いて行くと、やがて池の沢歩道の標識があります。


加勢歩道や四郎治林道と同じ小型特殊機関の幅広い道です。道は切通しを左に続いていますが、標識は真っ直ぐの細い尾根筋を示しています。


尾根筋をどんどん進んで行きます。白いテープもあり、人の痕跡があるとホッとします。更に進みますと尾根筋は真っ直ぐですが右への標識があり急斜面をジグを切って降りて行きます。川が見えます。Ω状に蛇行している頂点へ降ります。


右から降りました。下流への標識があり、進みます。最初キンダン川と思いましたが支流でしたね。

右岸の上に道があり進みますが、直ぐに高さが6m以上となりスリルがあります。


やがてキンダン川に合流します。右が本流、左が来た支流です。道はヘアピン状にキンダン川上流へ向かいます。


しばらく進むとキンダン川に降ります。岩盤が階段に切ってあります。


Ω状に蛇行している反対側にテープがあり、そこを登って行きます。キンダン川を見下ろしながらどんどん進みます。道は、はっきりとあります。


そして新道と合流しました。右上にピンクテープが見えています。ここを進むとキンダン川からの上陸地点です。左下から来たのです。道は見えず標識も無いので四方木から来たら絶対解らないでしょう。謎が解けた感じでした。


来た道をキンダン川へ戻り、新道の上陸地点まで川を下流へ進みます。

支流との合流点です。真ん中の上に道があり、そこを来たのです。


ハイライト部分程では無いですが、結構な景色が続きます。


そして崩落した倒木帯に着きます。右岸を簡単に乗り越えて通過できます。数年前のブログで「泥が溜まっており、胸まで浸かって必死に逃げた」とあり、それで手前で上陸する新道が作られたのでしょう。今は泥や水は全くありません。今後、キンダン川を遡行する方はこの先の上陸地点で上がらず、川を最奥まで遡上するのが良いかも。


倒木帯を越えるとΩ状に蛇行している上陸地点に、真新しい標識があります。


今日は山椒沢歩道も調査探求したいので、郷台林道へ戻るためキンダン川を上流へ戻ります。合流点から支流へ入ると1枚岩の小滝が。あーっと思いましたが全く滑らず簡単に上がれました。最初にキンダン川を遡行した時は岩盤で滑って何度も手を着いたのですが。冬は全く滑らないですね。

支流から池の沢歩道の旧道を郷台林道へ戻ります。


 切通しの所を戻らず、その先へ進みますと直ぐに郷台林道へ出ました。少し藪気味です。細い青の棒が立ててあります。


ここまでのヤマップのログです。キンダン川を登り上げれば白丸の地点へ出る様ですね。川は夏の方が苔が青々として素敵ですね。

次回、山椒沢歩道へ続く。

2022年1月16日日曜日

鋸山 元名石切り場跡 1月15日



 
鋸山、第1、第2アドベンチャーコース、そしてラピタ、吹抜、岩舞台等の観光で一般開放されている部分と、全てロープウエイのある富津市金谷(ふっつしかなや)側ですが、反対の鋸南町保田(きょなんまちほた)側にも元名石切り場跡があり、ネットにもアップされています。

奥には明治時代の石切り場跡やトンネルも残されているとの事で伺って来ました、やはり面白かったですよ。千変万化という感じで、冴えない登山よりも段違いに面白かったです。


国道から日本寺への道を入って、三叉路の所の手前空き地に車を停めます。曲がってすぐ右に入る道が見えています。
遠くに稜線に鉄塔が見えています。あそこまで行くのだなと思います。着替えて出発します。風があって寒い、手が冷たい。
50mでアスファルトは終わってダートとなり進んで行きます。


荒れています、はるか昔に道だったという感じです。


両側掘れていたり、倒木もあり越えて行きます。ネットにあった直径10cm程のプラスチック管もずっとあります。


道跡の下に金属管やコンクリ管も幾つもあります。山側からの排水でしょう。


荒れ放題の道跡を進んで行きますと、横に筋を切ったコンクリ舗装となり、九十九折に進んで行きます。


左側に水没した石切り場跡に着きます。大きくはありません。


左上に石垣があり、上に石切り場も見えていますので登って行けば上の石切り場跡に行くと思われます。


何段もの石垣跡があります。多くの変遷があったものと思われます。


大きな切通があって、そこを過ぎるとドラム缶の広場です。ドラム缶の後ろは石積みで飯場の調理場だったのでしょうか。


そこを過ぎて進んで行きますと石が並べられた石切り場跡に着きます。100m程の平らな整地です。


そこを進みますと、祠の所となります。右に大きなレールの切れ端が置いて有りますが、上がれないでしょう。
左に木の根が出てますので、3歩で簡単に上がれます。上がっても他に進めず、降りる事になります。


降りて横に進んで行きますと行き止まりで、下方に切通と並んだ石が見えます。戻ってそちらに行きます。


進むと穴が掘ってあります。切通が崩落した丁場への入り口です。
ただ丁場(石切り場跡)は高さ70m位、唖然丁場と何とかさんが言うけど金谷側から比べると全然大した事ないんですよ。
そのまま進みます、写真省略。


進むと崩落で埋まった切通しの上です。何十年も前でしょう、土がかぶさって木も生えてますが、踏み抜きが怖いです。
恐る恐る写真を撮ります、下は30m近くあります。


進んでみますと奥は23m四方のコノ字型の石切り場跡が。ここで行き止まりで、戻ります。


戻って下に進んで崩落した切通の動画です。
関東大震災で崩落との意見もありましたが、石切り場跡は昭和の機械掘りで、そうじゃないでしょう。



進んで行くと二つ目の切通しが。手前に真新しい木を切った跡が。関係者が整備されてる様です。


二つ目の切通しはきれいに残っており丁場へ入りまして、出てきます。


切通しの写真です。きれいですが下は何mも埋まっている感じです。
大きな石切り場跡と切通しは二つだけでしたね。


切通しを出て進んで行くと、標識に着きます。裏にはSHCとあり篤志家の様です。薄紫のテープもあります。
ここから稜線への登山道もあるとネットにアップされてましたが、明治丁場やトンネルも見たいので、下へ降りて行きます。


崖の斜面を行きますと下方に石垣が見えます。あっ、明治の車力道と思い木につかまりながら降ります。


降りました。明治のトンネルです。土留めでしょう、石垣が4段あります。
ここからの降りの車力道は30度近いです。

トンネルの高さは3m以上でしょうか。


出てからL字型の道を行きます。右は掘られていて切れ落ちています。
前方に石垣が見えてますが、そこを越えると明治28年丁場です。


高さは40m程で大きくはないんですよ。良い石で横に掘ったのでしょう。中央に年号の彫が見えています。水が溜まっていて奥には入りませんでした。


明治28年旧8月と彫られています。


ヤマップのブログで28年丁場右手から稜線へ登山道を登ったとの記録も有りましたが、その先に細い石樋と階段の道があるので登ります。
幅70cm位、右は掘り進んで垂直に切れ落ちています。斜度も30度位、道が無くなったりしてして、うっへーという感じ。ところどころ切れ落ちたり倒木が有ったりですが、進んで行きます。レアすぎて写真を撮る事もできません。
ただ、道跡は続いておりどんどん進みます。これは稜線まで続いているだろうと確信します。


やがて左側が高い壁となります。後ろに整地も見えます。


そして小さな石切り場跡に着きます。2段になって50m上は稜線で、一般登山者の声も聞こえてきます。右にも石切り場跡が見えます。
左側を稜線に進みますが切れ落ちて進めず、戻ります。戻って石切り場跡を右に詰めるかと思いましたら、20m程戻ると木が生えてるので支稜線に上がれそうです。垂直でも木が生えてれば大丈夫です、つかまりながら上がります。


支稜線へ上がりました。地籍調査の杭もあり、薄紫のテープもあります。ここが、SHCの登山道の所でもあるのでしょう。鉄塔の100m手前です、支稜線の感じで、解るとは思います。
別に面白くも何とも無いですが、一応鋸山山頂を踏みに行きます。
朝はセブンの二八蕎麦でしたので、腹が減ってカロリーメイトを齧ります。何か美味しい物を持参すれば良かった。朝起き直ぐは食欲も無いじゃないですか。

登り上げた支稜線へ戻ります。テープはありませんが地籍調査の赤い杭が下方に続いており、それを追って降って行きます。登り上げた樋道の上ですね。



やがて支稜線は切れ落ちます、そこに標識があります。眼下に元名ダム湖が、保田の街と勝山方面が一望できます。
左側へ降りて行きますが、崖の斜面で虎ロープだらけ。無理矢理のコースでバリエーションに近い。
途中、テープも無いので思案する所もありますが、下方へ尾根筋と見える所を降って行きます。


水仙広場に降りて振り返ります。薄紫のテープもあります。
トンネルへ降りて、明治の車力道を元名ダムへ進みます。


百数十年の歳月は、道を自然に戻して痕跡はほんの僅かです。


倒木帯です。大木は越えれば良いのですが、細い木が積みあがったものは足がつかまってしまいます。高巻きしていきます。


基本、広い沢状で元名ダムへ降っているので、迷う事はありません。


午後のまばゆい光の中、道跡はダム湖に消えて行きます。
左側を巻いて進んで行きます。藪は無く、楽に進んで行けます。


作業道が見えて降ります。足が置ける窪みがあって楽に下まで降りれます。


後は道を歩いて行くだけです。直ぐにダムサイドの舗装路に出ます、


舗装路から石切り場跡が見えます。


車に戻りました。面白かったですね。


ヤマップのログです。

この日は富士山も大きく見えていましたね。