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2009年9月30日水曜日

9月26日 狩場山 登頂










あまり早いと熊さんの心配もあるので7時の朝食後出発、国道出て1本南側の千走(ちはせ)川沿いの道、賀老の滝へ進みます。昔、賀老の滝は観光で伺いました。落差90m一見の価値あり。

登山道はそれを通り越し国道から20kmの所です。新道登山口となりますが、旧道は案内表示板も無く、事実上廃道です。
立派な林道は通行止めの立て看板の先へ更に続いています。着替えていますと3台車が到着します。8時10分晴天の中を出発します。

とても気持ちの良い岳樺の樹林の中を進みます、1番目の写真、真ん中の雲の影で黒っぽくなっているのが賀老高原です。北東には北海道では珍しい特徴のない山々が地平線まで続きます。
5合目は台地状になっており平坦な道がやや続きます。2番目の写真、帯状に平坦な市街地と右側には日本海、左端には太平洋さへ、かすかに見えます。素晴らしい眺望が続きます、本当に素敵です。

8合目表示で(この何合目表示というのは何を基準にしているのか、あてにならないのですが)、左側からの真駒内コースと合流します。ちょっと行ってみますが草に覆われ全く使われていない様子です。新道コースの倍の距離ですから。

ずーと見えていた南狩場山へ着くと灌木の中をしばらく進むと、草紅葉の緩ーーい傾斜を1km程進みます。早い時期は雪渓なのでしょう。
山頂付近だけが雲の通り道らしく、ガスの中を進みます。
山頂はガスで、直ぐに引き返します。南狩場山手前でガスは切れ、眺望を楽しみます。3番目の写真は山頂から続く尾根と日本海を写したもの。北海道独特のモスグリーンに輝く山は羅臼岳からみた硫黄岳
を思い出させます、植生の違いでしょうか。
4番目は南狩場を降った所、左端に狩場山頂が見えます。5番目は下山中の南狩場、登山中は常時見えています、最初はこれが山頂かと思いました。5番目は林道から写した南狩場と狩場、2km位でしょうか、拡大すると草紅葉が良く解ります。


とにかく常時180度以上の、千変万化の眺望。登って良かったと思える本当に素敵な山です。北海道の山は別格でしょうか。

下山後、滝の第2展望台(樹間から少ししか見えない)、炭酸水を見学します。炭酸水は枯れたのか出てはいませんでした。駐車場先で飛び出してきて餌をねだるキツネと遊んだ後、日本海沿いの国道を松前町に向かいます。
快晴の中、瀬棚の三本杉岩、奥尻島、大島小島を見ながら松前城隣の旅館矢野へ投宿します。

後ほどウエブアルバムにもアップします。







9月25日 南北海道へ




ANAマイレッジで9月切れがあり、急遽ただ券を手配出発しました。25日函館空港11時着、レンタカーで駒ヶ岳へ向かいます。6合目登山口からですと楽勝と思いきや、林道ゲートは閉鎖。火山活動のため進入禁止のふざけた看板(3番目の写真)。

翌日の狩場山へ向けて島牧村の温泉旅館を予約します。そして、あきらめきれず森町役場へ電話すると、ゲートから6合目までは徒歩30分との事。それでは歩いて行くと答えます。
しかし、旅館を予約したため18時には入らねばなりません。道の駅での車中泊なら何時になっても構わないのですが。

快晴の天気でしたが、島牧村へ向かいます。八雲から長万部間は高速で、そこの太平洋側から日本海側へ向かいます。途中の黒松内村では廃業した牧場跡を多く見ます。
17時国道の泊川の橋に着きます。宮川温泉旅館はここを山側へ4km入った所です。時間が早いので海辺で釣りをしている方々が見えたので伺います。
その手前の泊川河口で幅20m深さ1mでしょうか、鮭が何十匹もばしゃんばしゃんーと跳ねています。実際に遡上を見るのは初めてです。
彼らは流れが(水流)強くなるまで待機しているのでしょうか。

1番目の写真を拡大すると解るでしょうか、7、80cmの鮭です。海で釣るのは不問ですが川で釣るのは密猟となるそうです。
釣り人のすぐ後ろの川で、何十匹も跳ねています。皆1匹位はあげています、ぼうずの時もあるそうです。
右上の釣り人の所が河口で幅5m、深さ3、40cmでしょうか。砂で変化する様です。

撮影後旅館へ向かいます、これが40年位前にタイムスリップした様な感じでした。建物もかなり柔で、風呂は湯垢がびっしり、4畳半の部屋は小さな蟻さんが歩いています。
2食付き8400円で食事はちょっとー。
翌朝写したのが2番目の写真、直径150cm程の見事な栗の大木が旅館手前にあります。

食事後、持参の山崎8年物57度(戴き物)をあおり、就寝します。



2009年9月23日水曜日

9月22日 川上岳(かおれだけ)登頂 










起床後、(下半身パンパン)人形山を目指します。ガタガタの林道を辛抱に辛抱を重ねて愛車で4、5km行きましたが、未舗装林道は更に続きます。あきらめて引き返します(愛車は超可哀想)。
国民宿舎五箇山荘前を通り、国道をブナオ峠林道(大門山登山口)ゲート前へ行きますとゲートが開いています。
その前のGSに「行って良いのか」と尋ねると、「駄目だ、3km地点崩壊で、今はダンプが入っているのでゲートが開いている」との事。
でも、この分では来月位開通しそうですね。

曇天で眺望もないので、レンタを借りてかって知ったる鷲ヶ岳と思い(林道は悪路)、高速を高山へ向かいます。日産レンタカー高山支店で尋ねると「連休で空いてる車は1台も無い」との事、尤もでした。

下見でもと思い、位山手前から県道を川上岳登山口へ進みます。ネットでは大半は下呂側からの登山で西側高山側からの登山は少数です。
登山道まで7.5kmの表示がありきれいな舗装道を進みます。
が、2km程手前の開いてるゲートから穴だらけの簡易舗装となり雨も降ったらしく、道は荒れます。その間も県道から沢山の林道が山側に刻まれています。

川上岳登山道への林道ゲートへ着くとファミリーカーが1台、隣に止めて着替え10時10分林道を進みます。曇天ですが薄雲です。このままだったら良いなと思います。
細かな黄土が敷いてあり大型観光バスが楽勝で通行可能な道です。
直ぐに大イチイへの分岐に、帰りに見ることにして林道を進みます。体調悪く下半身が重く中止しようかと思います。何とか進み1時間で1番目の写真登山口へ。(山頂まで2.9kmの表示)
他からの林道も合流、手前は大型50台位止めれる平坦地です。凄い林道は更に先へ進んでいます。国有林内に何で巨大な林道網がと不信感が生じます。

階段の急登となりますが、大笠山の半分以下というか、大笠山が凄すぎるのですが。
ブナやツガの高木が残されて自然林の良い雰囲気の道です。直ぐにガス(雲)の中に入ります。支陵線手前50分程で雨となりカッパを着ます、雨の中の登山は本当に久方振りです。直ぐに2番目の写真支陵線に達します。標識は登山口と同じく山頂まで2.9kmとなっています、何だこりゃーー。


陵線上は殆ど平らな笹原の間の道を進みます、晴れていたら良い眺望なのでしょうね。
40分程で下呂側からの登山道とぶつかります(3番目の写真)。T字路を左側に進むと山頂です(4番目の写真)。先が位山への天空遊歩道でしょうか。雨とガス、眺望は全くありません。

直ぐに来た道を引き返します。陵線を降りる手前で雨は止みます。陵線から下ると水戸からのやはり三百名山を目指しているという登山者と会います。駐車場に止めてあった先行者は宮川源流から大イチイのコースをとってゲート近くで会ったとの事、歓談後別れます。

林道に降りるとガスも薄くなります。ゲートから350m地点の分岐で大イチイへ4番目の写真宮川上流の橋を渡り向かいます。川を渡ると25m位のブナ、ツガ等が林立し素晴らしい自然林です。
かっては日本中、この感じだったのでしょう。
150mほど登ると5、6番目の写真の大イチイ。能書きは樹齢2000年との事です。縦に何本も割れ目が入り、根元付近にも大きな穴が開いて何時倒れても仕方ない感じです。それも薄墨桜や神代桜の様に接ぎ木や添え木で既に死んでいる物を生かしているより良いと思います。
山奥にあり一般の方はあまり見る事の無い木です。

鑑賞後戻りますが、粘土質の土がソールに着いて行きは何ともなかったのに、戻りは橋の木の上に足を乗せた途端、滑落。手で木を掴み事無きでしたが。

二転三転、また雨の登山は避けたかったのですが川上岳に登ってしまいました。


16時、着替え後、平湯、安房トンネル経由で帰宅します。かつての平湯峠も今はトンネルであっという間です。上高地下まで行くと渋滞にはまりました。そして笹子トンネルから八王子まで史上最高の46km渋滞へ。23時には自宅に着きました。







9月21日 金剛堂山 登頂







五箇山から利賀村スキー場へ向かいます。スキー場十字路から先は未舗装となります。埃だらけとなって登山口駐車場へ着き着替えます。
陽射しは強く日焼け止めを塗りますが、橋を渡るとすぐ樹林の中を進む様になります。
やがて1番目の写真1km地点のブナ林へ、2km地点を過ぎると下りとなり前方に山頂が見えます(2番目の写真)。
ピークを登り降りして3km地点で左後方に3番目の写真、利賀村スキー場が見え出します。市街からは、遠いなーーー。

掘れた登山道を進みだして山頂へ着きます、休み休みで3時間でした。山頂は強風、ヤッケを着込みます。晴れてはいるのですが雲で地平線辺りは見えません。
4番目の写真は南方、右端は人形山。山が何本も陵線として走り、間の谷は急峻な渓谷というのがこの辺りの地形です。
5番目の写真、先週登った白木峰と林道、下の大長谷の林道もはっきりと見えます。登った山を他の山から見るのは感慨を覚えます。

先の方に緩やかに続く中金剛が見えます。昨日の天候でしたら奥金剛まで行き、林道を登山口まで戻るコースをとったのですが、今日は山頂は強風です。来た道を引き返します。

平凡な山で昨日の大笠山とは比較になりません。例に依って昭文社ガイドブックの「古来より信仰の山」も痕跡はただの一つも無く嗤わせてくれます。

昨日、大笠山で会った富山市の方の言では「この山は紅葉、白木峰は初夏のニッコウキスゲが素晴らしい」との事でした。


下山後、南砺市の瑞泉寺へ。焼失のため明治12年再建との事ですが、本堂、太子堂共に大きく見事なものです。五箇山合掌集落より何百倍も見応えはあります。


9月20日 大笠山 登頂








桂湖の最奥部の大笠山登山道へ向かいます、途中2か所崩落がありますが、ダムがあるため迂回路が整備され、ブナオ峠とは違います。車が数台止めてある突き当り登山道を7時出発します。

ネットでも高名な直登の梯子、鎖場が続き、更にやせ尾根の急登が続きます。2時間半程で支稜線に達すると1番目の写真、特徴ある笈ヶ岳が全貌を現わします。
2年前のGWの素晴らしかった山行を思い出させます。分厚い雪だった北面も今は緑一色です。同時前面に2番目の写真大笠山が大きな姿を現わします。下界からは見ることのできない、近くの陵線まで上がらなければ見えない山です。

まだまだ遠く、急がねばとの気持ちがわき起こります。
ここから幾つかの急なピークを越えるのですが、常時見える笈ヶ岳が本当に勇気を与えてくれます。
出発時は山頂部分には雲がかかっていたのですが、全て消え快晴、地平線までの最高の眺望となり、振り向くと山越しに御岳から乗鞍、槍穂、剣まで素晴らしい1年に数日の景色となります。

11時前、空腹のため登山道上で昼食とします。その後ちょっと進むと避難小屋でした。4畳半位の丸太で組んだ、まさしく避難小屋です。

そこからロープの急登、こたえます。先行者が4組下山してきます。直登で陵線へ、強風でヤッケをはおります。そこから左へ200m5分で12時山頂。

360度の眺望、3、4番目は山頂から笈ヶ岳越しの白山。5番目は来し方のピークを、拡大すると御岳から乗鞍、槍穂までが見えると思います。北側には金沢、南砺市越しの日本海も見えます。
山頂は風もなくぽかぽかの陽射しで気持ちよく、富山市のからの単独登山者と話して1時間程滞在しました。
素晴らしい眺望で登って良かったと思わせてくれる山です、きついですが。

13時下山にかかります。下りも結構きついものとなります。急下降は能合白山根尾谷を思い起こします。

最後の鎖場、梯子は笑い出した下半身で慎重を期します。梯子最上部には小さな地蔵さんと枯れた供花が。落ちれば命はありません。
17時下山、本当の急登で1、2年振りに大腿筋を使ったという感じです。
陽射しがあって水1Lでは全く足りませんでした、陽射しよりも急登ですか。でも、良かったーーーーー。







18日 五箇山へ






先週と同じく18時半に愛車で出発、ところが新内閣の認証式もあって首都高は大渋滞、一之江から高井戸まで2時間、それから談合坂まで工事渋滞1時間半、連休前の夜に工事なんかやるなよーーー。
もう、首都高の時点で気持ちがめげます。日付が変わって0時半、黒姫PAで仮眠、荒井SAで食事後、五箇山ICを目指しますが、ファミリーカーで混雑、スピードは上がりません。

結局着いたのは19日11時。ブナオ峠から1時間で登れる大門山は崩落で通行止めです。
19日はのんびり観光に当てることにします。重文の合掌の村上家住宅、利賀村に行き坂上の大杉、根元幹回り8mとの事です、まあまあ。
次に山道のワインディングを楽しみ脇谷の大栃(2番目の写真)へ、数年前の大雪で3分の2が倒れたとの事です、根元部分は空洞で側しかないという感じです。

ワインディングを進んで庄川温泉へ、地元彫刻家の作品を有する庄川美術館を閲覧後、南砺市の瑞泉寺へ。夕方過ぎで中は見られませんでしたが、高い石垣と隙間から見える大きな本堂、乗合タクシー運転手の東本願寺からの彫り師による山門の彫刻、中越最大の本堂、城塞の様な石垣の能書きは再来を決意させます。門前の石畳の参道は彫り物師の店が並びます、何ともいかがわしい感じです。

4番目は地元の人に教えてもらいました国道のビューポイントからの菅沼住宅の全景です。



2009年9月15日火曜日

9月15日 水越武 写真集 



山岳写真家の水越武氏の写真集を2冊アマゾンから購入しました。6000円と3200円でした。インプレはいまいちかな。

岳人に企画もので数ページにわたって、たまにエッセーと写真が掲載されることはあるのですが、それはとても良いのですが。



2009年9月13日日曜日

9月12日 五箇山 





予報どおり明け方から激しい雨です、当然山は中止。

朝食後相倉合掌集落へ、場所的には山間部の斜面上部の凄い山の中といった趣きです。
1番目の写真は駐車場から、2番目は棚田を上がった撮影スポットから。

雨の中、3番目の写真、数km南側の菅沼合掌集落へ。7件位の小じんまりした集落。中に喫茶店や売店がありコーヒーを頂きます。

写真では実際よりかなり大きく見えています、実物はもっと小さい感じです。
合掌集落はやはり白川がやや大きく、数も多いです。
昭和30年代に次々と消えていったと、案内にはありますが、昔はそこらじゅうにあったのでしょうね。

雨は更に激しくなり、車の乗り降りでもかなり濡れてしまい辟易します、気分的にもめげてしまいました。泊って明日に山行も完全にくじけてしまいました。
道の駅上平ささら館で蕎麦と岩魚握りの昼食、生の岩魚は鰯に似ています、表現は悪いのですがゴムを噛むような感じ。いつも思います。

食後、五箇山ICから東海北陸道、中央道で帰宅しました。

東海地方は豪雨でワイパーがやっと効く感じで関付近は車列が時速60kmまで落ちます。屏風山PAで40分程待機しました。アスファルトをたたく雨が泡立つ様です。車のフロントウインドウもバシバシと音を立てます

前が良く見えないと首が亀の様に前に出て疲れます。それでも諏訪湖ICでは雨があがり、給油後高速走行を楽しみます。雨は上がっていたのですが、地元の江戸川区に着くころから土砂降りで車庫入れでずぶ濡れになりました。

2日間の楽しい愛車でのドライブでした。
10日夜は北陸道で高速走行からの、今回装着した大型ブレーキのフルブレーキングも経験できましたし。





9月11日 白木峰









舗装された林道を進み、ゲート前駐車場に。トイレがあり7台しか駐車できません(7番目の写真、林道から)。
奥に止めて登山道を進みます。大きく膨らむ林道をダンゴの串刺しで登山道となっており、行き帰り半分づつ林道を歩きましたが、大まわりになっても体力的には林道の方が楽です。20分でヘリポート着(1番目の写真)、正面奥が山頂です。
山頂部分は平坦で小笹、草類で樹木が無く、360度の眺望でとても素敵です。来てみなければ解らない景色です。
3番目の写真は山頂から左が小白木峰、中央から右手でヘリポートです、奥が金剛堂山。4番目の写真は山頂から北東方面、木道が伸び春は池塘となっているのでしょう。

5番目の写真は小白木峰から山頂を、6番目の写真のとおりさらに小白木から南側にも道が伸びています。
2番目の写真はネットで悪名高い山頂下の巨大な小屋、30分足らずで登れるところに、なんで100人収容できる小屋やヘリポートが必要なのか。
今も整備中で車で作業員が来ています。ちなみに林道はヘリポートまでダンプでも通行可能です。

車で街からゲートまで来るのは大変ですが、山頂部分は素晴らしいハイキングコースです。

着替えて林道を下まで降ると「21世紀の森資料館」でしたか大きな
箱物があり、自販機でコーラを購入がてら草刈のおばさんと話します。
すぐ下の「ふるさと館」を宿泊で紹介されます。外観は古い自治会館といった趣きで、紹介されなければ宿泊出来るとは思われません。

時間は十分ありましたので、八尾市まで出光GSに給油へ向かいます。とばして30分位でした。昨年5月の毛勝山の時に魚津から足を伸ばした八尾市にまた来るとは思いもよりませんでしたが。

給油後、林道下になる大長谷温泉との施設に500円で入浴、10畳程の小さな浴場に爺さん3人。
助成金で無理やり掘ったのでしょうがぬるくてたまりません。
硫黄泉とのことですが、薄くてただのお湯の様です。

欲後、ふるさと館へ。お爺さんが1人で切り盛り。いまいち以下の食事でしたが「そうめん瓜」なるものを酢〆で初めて食しました。
岩魚釣りの沼津からの老人常客3名も、隣の平屋の母屋に宿泊。
私は2階の大広間でしたが、敷きのシーツはあるのですが掛け布団のは無く、枕も無く、山小屋の気分でした。

御飯がとても柔らかく、老人たちはそれが普通なのでしょうか、参ったなーーー。










2009年9月12日土曜日

9月11日 医王山 








10日午後6時半愛車で出発、中央道諏訪経由で向かいました。金沢方面は関越経由が多かったので、特に松本を通るのは久方振りです。妙高高原を過ぎると1車線となり、前をトラックに塞がれるとのろのろとなります。

夜の北陸道は左車線を大型が70kmで進む位で、飛ばし放題です。有磯海SAで仮眠、早朝食事後福光ICを目指します。
何処から見てもピラミッドそっくりな剣岳も北陸自動車道の北側から見るとゴジラの背中の様なギザギザスタイルです(1番目の写真、PAから)。

福光IC下車後、すぐにアローザスキー場越しの医王山が目に入ります。スキー場がランドマークです。
スキー場経由が早いのでしょうが、ナビですと福光市街経由で北側の百万石街道で入ります。1車線ですが完全舗装の林道を進むと国見峠ヒュッテに出ます。そこからは2番目の写真のとおり砺波市が俯瞰できます。草刈りに来ていた老人の話しですと眺望が良い時は槍も見えるとのことです。眺望的にはここがハイライトです。
ここを下りますと6番目の写真の夕霧峠、奥医王山登山口、アローザスキー場リフト最上部に着きます。
着替えて階段状の登山道を進みます。陽射しは焼け付くようです。10数分で5番目の写真見返りの大杉の標識に着きます。写真は国見峠方面を写したものです。全山小さな椀を伏せた様なピークが連なります。大杉は無く過去の話しかと思い進みます。この先も下りで、すぐに4番目の写真木の葉に埋もれた龍神池に着きます、淵側はオタマジャクシでしょうか、ビュンビュンと跳ねています。
すぐに3番目の山頂に着きます。樹林で眺望が無く4m程の鉄塔が建てられています。上がると西側は金沢越しに日本海がみえます。東側は砺波市です、ちょうど真ん中の山脈の体です。

写真撮影後下山します、見返りの大杉地点に来て注意深く探しますと、在りました7番目の写真、枯れ木の奥、根元部分は直径1m程あります。
桑の木の様にちょっと伸びてから折れて、カクタスの様です。
強烈な陽射しの中、登山口に戻ります。

地元の家族連れやピクニックの方は奥医王山より国見峠近辺の散策がとても良いかと思います。

ナビで大門山を設定、向かいます。来た時と反対のスキー場経由で南側へ向かいます。
刀利ダム経由ブナオ峠へ進みますが、刀利ダムへ着くと崩落通行止めとなります。300名山を目指していますと良くある話しです。

かなり戻って白木峰へナビを設定します。世界遺産五箇山(ごかやま)、利賀(とが)経由でアップダウン、曲がりくねった山の中のワインディングを進みます。利賀村蕎麦の里で御膳の昼食、秋篠宮夫妻の写真も掲げられていました。
五箇山豆腐やきのこ汁もあり美味でした、1600円。

更にワインディングを進みます、ほんとうに山の中、八尾市大長谷(やつおしおおながたに)を通って白木峰の林道へ入り、見通しの悪い1車線林道を警笛を鳴らしながら進みます。入ってすぐ白っぽいカモシカさんを道路わきに見ます。普通は真っ黒ですよね。

五箇山を含めて、本当に山の中の凄い高低差の道路です。







2009年9月6日日曜日

9月6日 国師ヶ岳 登頂







昨日に続き足慣らしをと秩父山系国師ヶ岳へ行ってきました。事前に山梨市観光課へ問い合わせると「大弛峠までは山梨側は全面舗装で通行可」とのこと。
早朝、4時半出発、勝沼ICから牧丘経由で峠を目指します。7年前に金峰山登頂のとき、崩落通行止めで林道を下からえんえんと歩いた事を思い出します。

着替えて9時20分出発します。前国師手前まで1番目の写真のとおり木の階段が設置されており、ぐんぐんと高度を稼ぎます。同時喘ぎます。殆どツガの林の中を進みます。

40分程で木の階段が終わった所で2番目の写真の前国師岳へ着きます。写真は前国師から奥北千丈岳を写したものです。3番目は同じ所から国師ヶ岳を写したもの。拡大すると山頂標識が解ると思います。この山群は、どれも同じ様で特徴はありません。
きつい階段登りの後は平らな道ですぐに国師ヶ岳へ着きます。雲の中で眺望はありませんでしたが。

戻って分岐から10分位の山群最高峰の北奥千丈岳へ行きます(5番目の写真)。ここから更に奥千丈岳へ向かいますが、急な下りです。10数分行ったところで引き返しました。シャクナゲは多いです。

下山中に子供を連れた家族連れも登ってきます。ツーリングのライダーもそのままの格好で登って来ます。1時間ですから気軽な感じでしょう。

下の写真は峠に15分位のところで峠を写したものです。100台以上の車でしょうか。殆ど金峰山かと思われますが。
渋滞なしの中央道で昼過ぎには帰宅しました。