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2009年1月2日金曜日

12月31日 龍門岳 登頂



昨年晦日に三津からの登山道を捜して旧道が通行止めであきらめましたが、山口神社から道で登頂しました。野迫川を出て3時間余りで吉野の山口集落へ着きます。
神社左の道を一直線なのですが、滝、寺跡を過ぎてもまだ軽トラ道は続き前進しますがタイヤがバースト。テンパーではどうしようもないのですぐに吉野へ戻りガススタ3件程当たりますが185/60のタイヤはありません。「橿原のオートバックスにはあるのではないか」というので向かいます。国道沿いにイエロハットがあり当該タイヤを購入装着します。昼食後、午後2時戻ります。今度は滝手前800m位の石垣の所に車6台位のスペースがあり、そこに止めて進みます。

現地は間伐採と搬出が精力的に行われており、ユンボやブルで道は作り放題の趣きで、訪れる登山者も少ないせいか、登山道入り口とか駐車場とかいう標識は無いのです。登るのでしたら私のとめた位置が正解かと思われます。当日も軽トラ2台と行き交いました。滝、寺跡(1番目写真)を過ぎ軽トラ道を進むと2番目の写真のとおり丸太土留めの道となり人造林を進みます。20分程で埋もれた砂防ダムがあり、かってはここまでダンプ道があったのでしょう。沢沿いを少し進むと登山道らしくなり、稜線登りとなりますが、人造林で眺望は全くありません。急登を登り切ると1時間半で頂上です(3番目の写真)。祠があります、眺望は全く無く下山にかかります。曇天の中の人造林ですから、往復暗い中を進んだ感じです。

昨日に続き眺望の無い杉の人造林の中を歩きました。奈良時代の大名刹跡ということですが、今は文字通り跡かたもありません。ここも300名山を目指す方以外は全くお勧めできません。

12月30日 伯母子岳 登頂




昨年12月晦日の中止、先月の雨天中止に続き3度目の正直。午前10時出発。1番目の写真、大股の橋を渡り10数件の集落を抜けると墓地、ジグを切って急斜面を上り、進みます。風が無く、雪山装備ですと暑く、たまらずアウターを脱ぎウールの下着だけとなります。登山道というより車道です、すぐに萱小屋跡に着きます。60m程の苔むした石垣があり人為的に整地された跡もあり昔何かがあったことが偲ばれます。完全に整備された車道、杉造林を進み2番目の写真、檜峠に着きます。ここから雪と風になりアウターを着てフードを被ります。前日のものでしょうか、複数の足跡があります。降り気味に進むと護摩壇山からの奥千丈林道と合流します。3番目の写真ですが、唖然とします、真新しい轍が沢山あります。皆ここまで車で入ってきている様です。ここから山頂まで600mの標識があります。
皆伐採跡の、か細いブナの中の緩ーーい斜面を進みます。登山口からのんびり2時間半で山頂に着きます(4番目の写真)がガスで眺望無く、雪交じりの風は強くすぐに下がります。そしてサンドウイッチの昼食とします。 

また人造林の車道を進むのかと思うと少し哀しい気持ちとなります。日本で一番つまらなかった御正体山を思い出します。
誰にも会わないかと思っていましたら萱小屋跡で3人の縦走パーティ、高野山から熊野本宮まで小辺路を行き今日は伯母子岳避難小屋に泊まるとの事。

降りは1時間半で大股に戻りました。世界遺産ともなった小辺路の一部で期待もあったのですが超大ハズレでした。奥千丈林道との合流点までは眺望の全く無い人造林の中の車道歩きです。全線2tトラックが走行できます。200名山を目指している方以外には全くお勧めできません。


小辺路(こへち)は奈良時代高野山から熊野大社への最短距離として利用され、その故世界遺産ともなったのでしょうが、紀伊半島の山は現在造林と伴う林道により完全に破壊されており、また何一つ痕跡も無く(今日の道行)、その大半は林道歩きとなります。
今日は取り付きを除いてほとんど平な林道歩きで、合流点から先も散策路といった趣きで登山という感じではありませんでした。
あまりに簡単に終わって時間も目いっぱい余裕があったのですが予約済みの野迫川温泉ホテルに向かいます。


2008年12月20日土曜日

12月20日 鷲ヶ岳 3度目中止




19日夕方から中央道経由東海北陸道のひるがのSAへ、23時着仮眠。翌朝ETC出口から先月の鷲ヶ岳林道へ。手前で全面通行止めの看板がありますが、半分開いていてタイヤ痕もあり進みます。しかし、入ってすぐ20cm以上の固まった積雪。チェーンは持参したもの一般車では亀の子となってしまい無理です。

今年3月にも行ったホワイトピア高鷲スキー場からと考え向かいます。大盛況のスキー場リフトで最上部へ、そして山スキーを持って様子をみました。が、尾根を30mも進むと3番目の写真のとおりの大藪です、お話しになりません。藪の間から鷲ヶ岳が見えますが、今の時期はどなたも伺うことは困難でしょう。大日岳の右手に文字通りの白山が望まれます、2番目の写真。

スキー場も雪は少なく、何か薬剤で凍らした感じの硬い斜面です。99%ボードです、関西は特にボードの比率が高いです。

今年は降雪は早かったのですが、量がとても少なく新潟方面はスキー場が開業で来ていません。


仕方なくひるがのSA、ETC口から東海北陸道へ入り更に開設なった中部縦貫道で高山へ向かいます。中部地方の高速道開設はめざましいものがあります。
快晴の下、乗鞍岳が美しく見えます。が、高山も雪の気配は皆無です。200名山の位山があるモンデウススキー場へ向かいますが、国道からも全く雪のないスキー場が見えます。6km程でスキー場着。
1番目の写真のとおり、雪は全くありません、夏山です。左側の雪は人口降雪機の物です。
山スキー装備ですので、登山靴は持ってきていません。やれやれ。


快晴の中、下呂から中津川へ、中央道へ入り代車のスズキスイフトでのとろとろドライブを楽しみます。
140kmが限度ですね。いつもはトンネル手前の勝沼からガチガチの渋滞ですが、今時期はガラガラです。圏央道分岐点で事故渋滞となり、18時過ぎ自宅着。疲れました。

2008年12月17日水曜日

12月17日 新型ドアミラー装着



C3純正ドアミラーに一部ガタがきていたので、C5の物に交換装着することにしました。フロリダのエックラーというコルベットの部品販売会社にオーダーしました。昨日発送したとのメールが入りました。
長ーい楕円形で視認範囲は広いでしょうね。ヒーターも付いており曇ることはありません。
同時ミラーウインカーをオーダーしました。アウディの新車等にも装着され日本でもたまに見かける様になりましたね。

ところでC1、C2といった30年以上前のコルベットにはバックミラーが付いてないのです。広くまっすぐで、カーブがない道路のアメリカならではですね。

40年前の部品でもエックラーにオーダーすると概ね入手できます。維持にはお金がかかり、任意保険料も日本の何倍もするため、アメリカではスポーツカーのオーナーは年寄りということになり、日本の様に若者が乗っていることはありません。


2008年12月13日土曜日

今日は在宅で過ごしました。定期購読の雑誌を何冊か読みましたが、BE-PALの1月号は新製品の紹介で良かったです、食指を動かされるものはありませんでしたが。
牛とか虫の観察写真、オオサンショウウオの記事もありまして。

雑誌は情報源として重宝しております。


2008年12月7日日曜日

12月7日 前袈裟丸山 登頂




朝6時半に自宅を出発、東北自動車道佐野インターでおり、桐生から122へ入ります。前に遅いワンボックスがいて登山口到着は9時近くでした。122からは表示があり、すぐに解りました。登山口まで6kmの表示があり舗装された人工林の中を進みます。やがて林道が分岐し、そこに正確ではない適当な案内板があり、右の寝釈迦の方に進みます。これが失敗でこちらの登山口からは稜線の賽ノ河原まで2時間近くかかるのです。左側の登山口からですと40分ほどだそうです。ネットですと情報を収集出来かねる事も、あります。


9時5分に沢沿いを稜線へ向けて出発します。ずっと沢の小川沿いを上がる感じで1時間45分で稜線に上がりました。3時間位の予定でしたが、この時点で狂います。山頂は遥か彼方です、1時間余りで着く様な感じではありません。急ぎ足で、雪でなだらかな稜線を進みます。

快晴で湿度が低いせいか、地平線の山々もはっきりと見えます。1番上は前橋市方面、拡大すると富士山が見えますでしょう。2番目は避難小屋前の登山道。雪の上を夏の登山靴で歩くとつま先保護の金属
が冷えるせいか、足指がとても冷たくなります。一昨年2月の七面山を思い出します。気温は氷点下でしょう、防水手袋では指先が冷たい感じです。猟期なのでハンターが入っており銃声が何度か響きます。雪の上には鹿の足跡や糞が多く、棲息しているいることは確認できます。
前袈裟の前は木の根を掴んで登る急登となります、先行者が続々と下山してきます。13時過ぎ前袈裟山頂に着きました、4番目の写真。手袋を脱いで写真を撮ると、手がしびれる程、気温は低いです。前袈裟ですが袈裟丸山山頂の標識があります。袈娑丸から奥袈裟丸へは登山道崩壊で禁止は有名な話しですが、今は袈裟丸までも一般的ではないのでしょうか。

すぐに袈裟丸山へ進みます。が、30m程で足跡が終わり皆引き返しています。そこからは積雪が多く、完全な雪山装備のラッセルでなければ進むことはできません。


写真撮影のあと引き返します。3番目の写真は袈裟丸、奥袈裟丸、皇海山、奥白根と続きます。拡大されると良くわかります。今日は地平線までの眺望でした。体調は良くなく、登り返しがとても疲れます。足が重く上がりません。賽ノ河原へ戻ったのは15時半です。ところどころ凍った雪の上で幾度が転倒しました。ここから寝釈迦経由の登山口まで80分の表示があります。

こちらの登山道は、藪の中の明確な道ではなく、樹林の中や沢沿いを赤テープを頼りに進むので、日没になったらアウトです。とにかく大急ぎで進みます。とばして16時半登山口に着きました。
情報収集不足と遅い出は、反省いたしました。片道3時間じゃ楽勝と思い食料も持たなかったのですから。昼は非常食のカロリーメイト2つでした。


遅出ですと、何も無くて日没ぎりぎりですから、道迷い等があれば降りれずビバークとなってしまいます。


122に降りて、蕎麦屋で暖かい蕎麦とミニとろろ丼を頂きました、空腹と冷えた身体には心地よいものでした。がらがらの東北道を150kmで、前に引っ張ってくれる車がいましたので、19時半に自宅着となりました。







2008年12月1日月曜日

12月1日 車検、銃、ワイン


愛車は車検のため相模原のムーンオートさんに入りました。代車でスズキのスイフトの新車を借りました。首都高でのふわふわ感はファミリーカーを自覚させます。帰宅してFランプが点いたのでGSで満タンにしましたが30Lちょいしか入らないのですね。3ナンバーとは倍以上の差ですね。

普通の車ではないので、しばらくかかるかと思います。いつもそうなのですが、手元に無いと一抹の寂しさはあります。特別な感じになっているのですね。


帰りがけに日暮里の三進小銃器SSに寄って、先台(さきだい)の修理で預けておいたベレッタ682を引き取り、弾250発を購入して、台東区竜泉の靴屋さんにさらに寄り、スナイプ(スペイン製)のドライビングシューズを購入して帰りました。
タイム&タイドという店ですが輸入物をインターネット販売で売り、成功している会社です。ビルの1室を借り3、4人の従業者が居るのですから、そこそこ繁盛ですね。


今、ジョルジュデュブッフのシラーレゼルブ2003を呑みながらキーを叩いています。ジーンズの外張りはプラスティックのもので、ビンに被せただけのものですが、お店でインパクトはありました。


思わず手に取って購入しましたから。値札が8900円で、そこそこかと思いましたら、それは下の段のボルドーで、こちらは2000円位でした。2003年にしては青く、新酒の様な口当たりです。あまり美味しいとは思いません。
はまっているラムのリブロースを食しながら。