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2008年9月15日月曜日

9月14日 高原山 登頂






















鬼怒川有料道路から日塩もみじラインへ入り高原山を目指します。くねくねした道路で、30km未満で走る4駆に道をふさがれます。譲ることも知らない丸出しの馬鹿です。気を見て追い越し、登山口を目指します。

鶏頂山登拝口を確認しましたが、水の用意がありません。エーデルワイス、ハンターマウンテンのスキー場へ行きますが自販機はありません。廃棄となったメイプルスキー場入口反対側のゴルフ場へ行きます、11時早目の昼食とします。バイキングで2000円、女の子に2L水筒に半分水を入れてもらい、登拝口へ戻ります。11時20分、6番目の写真の1の鳥居から登ります。車が5台ほど止まっていたので、私もここに車を置いたのですが、この先、鶏頂山スキー場跡まで車で行くことが可能です。
そこからスキー場跡を(5番目写真)緩やかに登ります、やがてスキー場跡最高点(4番目の写真)へ着きます。かってメイプル、鶏頂山、鶏頂山見晴しと3つのスキー場があった看板があります。
そこから平らなツガ系の樹林の中を進むと、すぐに水溜りの様な弁天池に着きます(3番目の写真)。
木の鳥居を進むと鶏頂山、左が鞍部から沢沿いの道です。右に進み鶏頂山を目指します。1の鳥居から1時間40分程で山頂へ着きます。山頂いっぱいに木造の神社が鎮座します(1番目の写真、鞍部からの鶏頂山、北面はガレています)。下って最高点の釈迦ガ岳を目指します。1時間程で到着、小さな祠に高原山神社(2番目の写真)とあり、この山がかっては高原山と呼ばれ現在の総呼高原山となったのでしょうか。
小さな山の集合体といった趣きです。戻って鞍部から沢沿いの道を下り弁天池に戻ります。16時20分車の所へ戻りました。
バイクの連中がたむろしています、日塩もみじラインは格好のバイクコースです。
明日の、七つガ岳へ備え田島のビジネスホテルみなとへ向かいます。

9月14日 女峰山、太郎山、中止 

前日13日に愛車で日光いろは坂入口に21時到着、駐車場で仮眠、夜は雨となり明日が懸念されるます。幸い14日は雨は止み薄曇り。光徳牧場手前の裏男体林道を目指します。手前の三本松PAの食堂で親子丼を食べますが、これが砂糖をかけているらしく、甘いんですよーー。田舎に来ると本当に食べ物に参ります。

その後、裏男体林道へ赴いたところ、昭文社発行の⑬地図では志津乗越までは舗装と記載にもかかわらず、ネットでもそう話題になっていました。そうではない感じなのです。入口は道路一面の水溜りです。とてもスポーツカーで入れる状態ではありません。また標識も一般車走行困難となっています。


舗装というから、テントや自炊道具持参で赴いたのに、ガックリです。同時にいい加減だなーーという思いです。

中禅寺湖湖畔の喫茶スプーンでコーヒーを頂き、今市インターから高原山を目指します。

2008年9月6日土曜日

9月6日 毛無山登頂





先月、朝霧高原まで行きながら曇天というか麓までガスのため取り止めた毛無山へ登って来ました。
朝7時40分、麓(地名です)の駐車場を出発。朝霧高原は晴れですが富士山方面は全面ガス、その頃は毛無山もきれいに見えていたんですが、ちょこっとガスがあり、「これは上がってくるな」と思いましたが、じきに覆われてしまいました。2番目の写真の不動の滝までは日が差しています。2段で落差60m位でしょうか、細い滝です。
2合目までは縦横の林道、堰堤、底と側面を大石とコンクリで固めた川等、例によって壊し放題です。杉の人工林を過ぎると、雑木林の一直線に近い急登が9合目過ぎの稜線まで続きます。
立ち止まっての小休止を繰り返しながら3時間10分で稜線にたどり着きます。手前で地元の方と会い、「訓練で登っている」(これはネットにもありました、私はやりたくありません)「頂上の先にお花畑がある、6人程頂上にいる」と言います。稜線からは平らな道を10分で頂上です(3番目の写真)。
晴れていれば見事な富士が望まれるのでしょう。その先へ進みます、すぐに小さな1番目のお花畑です。トリカブトが目立ちます、南アの光岳手前の群落を思い出します。
その先の最高点と思いましたが、ガスが強烈に沸いてきます。戻ることにします。
稜線からの富士の展望が無ければ、見るところは皆無です。下山にかかります、降りは2時間10分でした。先月の経ガ岳に似たコースです、距離は半分以下ですが、眺望の少ない所は似ています。
私のすぐ後の初老の男性が遅れて登頂しましたがグロッキーでした。下山途中の7合目で会った初老の女性もグロッキーで「止めようかな」と言います。
とにかく急登で楽なコースではありません。地元の方8人と、他に7人でした。道の駅「朝霧高原」で山菜蕎麦を食べ、富士吉田インターから中央高速で帰京しました。疲れました。

2008年8月30日土曜日

香港免税店 酒類購入


香港空港DFSで左側の3本、レミーとボウモア15年と17年を購入しました。420HK$前後で全部で1300HK$。本当は紹興酒の古越龍山の20年ものが欲しかったのですがDFSは品数が少なく、ありませんでした。
香港在住8年の方もおっしゃられてましたが、DFSで買って帰っても近所の格安ショップと大差なく、昔の様な割得感はありません。
右の3本は近所のスーパーで購入したのですが、1本が3千円代です。ただ、DFSのは750mlですが、国内購入は700mlなのです。日本国内ディスカウント仕様があるのでしょうか、値段はかえって安い位です。
ボウモア、ラフロイグ共に島の蒸留のもので、スモーキーがウリです。右端のラフロイグは特にスモーキー(煙感)が強く、とても良い感じです。
ジョニ黒はとても美味しい感じですが、グリーンラベル(右から2本目、15年もの)は、全く美味しい感じがしないのですよねー。
でもスコッチは安くなりました、ジョニ黒は2千円代ですから。
20年前は1万5千円でした。

2008年8月27日水曜日

8月25日 香港



25日灣仔(ワンチャイ)福臨門で開催の邱泳漢氏の主催会出席のため香港へ行ってきました。
24日マカオから夕方前に入り、ビクトリアピークへトラムで登りました。日曜日のせいか大変込み合い40分待ちです、欧米系や中国系の家族連が多く、大変な賑わいです。上の写真が山頂駅から撮ったセントラル越しの九龍です。鉛筆を立てた感じのビルやマンション群は圧巻です。
ホテルで洗髪とシャワー浴のあと、半島先端の尖沙咀の時計塔へシンフォニー・オブ・ライツを見に行きます。午後八時からです。
ちょっとがっかりで、皆そうなのでしょうが、次から次を期待していたのに、1つのビルがレーザーを照射してその次までに1分とか2分の間があるのです。ビル自体の電飾も少ししかありません。
後ろの日本人観光客から「間の抜けた感じだなー」という声が上がります。人出は凄かったですが。
25日は旺角(モンコック)の街を散歩、昼は香港最上の雲呑麺の呼び声もある、ウエリントンストリートにあるマツグワン(PCで漢字がでない、麦と、もう1字は上が不、下が大という字です)へ行って来ました。途中の横道を曲がるのが解りづらいのですが、12畳程のワンフロアに10名程のウエイターがおり、繁盛している様です。
大きめの御飯茶碗といった丼ぶりに、レンゲと一緒に運ばれます。女性でも2杯はいけるでしょう。
うーーん、そんなに美味しいとは思いませんでした。
ちなみに旺角の「好旺角」(ホウモンコク)は昼前に行ったのですが、休みでした。
会は午後3時半受付開始ですので、セントラルの駅の上の数10のブランド店が入っているビルでファッションを見て歩きました。高名ブランドは重厚中庸を志向するせいか、素敵な色やデザインは発見できませんでした。
今夏の最高の発見は青山のモークスさんのポロ(風の)シャツです。http://mor-k-s.com/
HPが切り替わり、そのシャツは見ることはできませんが。
企業説明や講演が終わり午後7時から宴席となり、邱永漢氏のいう世界最高の中華となりました。
フカヒレ、鮑、ハタの蒸し、子豚の丸焼きといったオールキャストとなりましたが、皆とてもさっぱりとした薄味で一連の流れとなっていく趣きです。
特に印象深いものは御座いませんでした。5月に丸の内店でのアラカルトの方がまだ印象に残っています。値段も東京の方が倍近い感じですが。
暑い1日で歩いたので疲れました。
ホテルで就寝、翌午後ANAで帰国致しました。

8月23日、24日 マカオ








23日10時10分、成田発ANAで香港空港へ、そこからフェリーでマカオに向かいました。台風の混雑で飛行機は空港上空で1時間の待機、連鎖的にフェリーも遅れ、ホテル着は午後7時でした。
空港からタクシーは全く英語が通じず、北京と同じかと思いましたが、マカオのホテルの一覧表を持っており、京都酒店(メトロポールホテル)を指すと直ぐに解りました。
シントラがいっぱいで、セナド広場に近い所ということで予約しましたが、中国の方が使用するマイナーホテルです。
直ぐに徒歩でセナド広場へ向かいます、600m程でしょうか。広場からのファサードへ向かう道は商店街になっており、にぎやかです。上の写真は聖ドミニコ教会です。世界遺産の建物は美しくレストアされています。
実際に使用されている建物も多く、また全てが入場無料、うるさい門前の土産物屋も一切無いというのは、日本の仏閣、観光地とは正反対で素敵です。
夜のセナドを歩いた後、リスボア、MGMのカジノを見学、台は7割程の塞がり方ですか、そのあとMGMのレストランで食事、BRUTUS7月号の特集にも載っていましたが、うーん参りました。
翌日、セナドから廻ろうと予定していましたら、ホテル前に客を降ろしているタクシーがおり、乗車してギア要塞へ向かいました。標高90m余り、マカオ最高地点との事、若干時間が早く併設の教会のフレスコ画は見ることはできませんでした。予めマカオナビで紹介されていたコースを歩き、遺産では無いものの、投石広場、聖ミカエル墓地等を経てモンテの砦へ向かいます。観光バスが並び中国の観光客が溢れています。隣が2番目の写真のファサードですのです、地下の墓跡、遺骨を見ることができます。
ファサード裏側には階段と台が作られており、上がると隣のナーチャ廟と旧城壁を見ることができます。写真の階段を降り、商店街をセナドへ向かいます。
昨日は中に入れなかった聖ドミニコ教会へ。かなり大きく、また右側の側堂を進むと4階建てですか冠、法衣、クロス等が所蔵された展示室となっています。
外へ出てスタバでコーヒーを飲み、涼みます。広場周りの遺産の写真を撮り、向い側の民政総署大楼へ入ります。
見学を終え聖オーガスティン広場へ向かいます。
3番目の写真が左がドン・ペドロ5世劇場、突き当りが聖オーガスティン広場、その奥がロバート・ホートン図書館、右が聖オーガスティン教会です。
手前に降りてきて聖ヨセフ修道院へ向かいます。南湾大馬路に降りてタクシーを捕まえると、これが若い男性の運転手で英語が出来るのです。
アーマテンプルというと、OKと返答、媽閣廟へ向かいます。遺産ではないもののペンニャ教会が丘の上にそびえ(4番目の写真)、存在感を示します。あとで訪れましたが、中も入れます。
この後、交渉してペンニャ教会、法務局大楼と運転手をそれぞれ待たせて見学、助かりました。
遺産巡りを終え、観音像へ向かい、ここでタクシーをフィニッシュ、ブルータスで紹介されていた武二へ入り雲呑麺で昼食、そんなに騒ぎ立てるほどのものではないのですが。
食後タクシーを拾い、フェリー乗り場へ。マカオ出国手続きを経て香港へ向かいます。午後3時半発はガラガラでした。
4トラベルの旅行記クチコミでは、「大したことはない」という意見もありますが、小さくても当時の片鱗が残っており、30か所あり、私は北京より楽しかったです。
小さな街でした。良く歩きました、石畳の上を。


2008年8月17日日曜日

8月17日 安平路山 中止


前日、高速バスで飯田まで行き、日産レンタカーで軽トラックを借り、登山口前小屋へ。悪路で高名な林道は軽トラで大正解。
車高が高く腹を擦ることもなく、後輪がスタックして空回りしても4輪駆動のボタンを押せばすぐに前進します。4駆マニアではないのでこんな悪路は初めて走りました。

でも高さ数十メートルの法面があったり、落石は1つもなく、管理整備はしっかりと行われている様です。昨年11月、飯田のホテルを5時に出てコンビニに寄ったり、前にとろい車が3台いたりで、大平峠に着いたのが午前7時で、あきらめて南木曾岳へ向かった事もあり、今回は前日泊としました。
1台も走っていない道をとばし、午後5時には小屋前に到着、GPS高度計は1780mを指し、肌寒いものがあります(写真)。
行き交う車も無く、私1人です。駅近スーパーで購入した総菜とビールを頂き、無人小屋で宿泊の準備です。気温10度ですか、ペラペラの夏の寝袋では寒かったです。
飯田方面は青空も垣間見えるものの、山はみるみる雲に覆われていきます。
やがて午後7時半過ぎから、土砂降りとなります。降ったり止んだりを朝まで繰り返しますが、強いときは、トタン屋根を叩く音がドラムの演奏会の様です。
音が凄いのと寒いのとで、ほとんど起きていた感じです。3時半起床、4時半出発の予定でしたが、豪雨では仕方がなく、5時半から食事をとり、6時20分に下山しました。

街中は晴れており、夏の感じです。レンタカーを返却、9時4分飯田駅前発の高速バスで帰京しました。飯田から勝沼までは晴れていましたが、ささごトンネルを抜けると曇り、やがて東京は雨となりました。