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2021年7月22日木曜日

古道から四郎治沢へ 7月18日


稜線直下の古道を左へ70m程進むと標識とトンネルがありました。写真はトンネル前から振り返ったものです。


来た道は「加勢歩道」70mですが。トンネル前から先は「小仁田歩道」となっています。遡上してきた土沢中間の左岸(上流から見て左)が加勢廃集落、右岸が今も2件くらい生活してる小仁田集落です。



右手にある高さ2m幅3m位のトンネル、出ると右手に道は続いて行きます。古道は傾斜が無いのでトロッコ道だった可能性は高いです。人道ですとトンネルを掘る必要はありません。ただ、トロッコ道だとトンネルの幅は広すぎですね。五角形のオーストリア式では無いですし。


トンネルから先、岩盤をL字型に削っています。


稜線下を左から右へと古道は進みます。自然林が繁茂して眺望はありません。


切り通しもあり、トロッコ道だった可能性は高い。


ヤマップのログですが、スマホが小仁田手前から電源残り20%となりアプリが稼働しなくなり直線になって、作動しなくなっています。Sのスタートから突き当りが土沢、突き当りから戻りが古道、古道の右の川が四郎治沢です。突き当りから四郎治沢へ降りても良いのですが、古道を歩きたかったので小仁田歩道を歩きました。


小仁田歩道を進んで行くと、2018年10月のブログにあった「牛道歩道」の標識があり、その方は牛道歩道から四郎治沢へ降りたとあります。50m位右へ行って稜線を越えると道は無く左へ進めそうだったので行きますと、数十mに渡って急斜面の杉造林が土ごと崩れ落ちて岩盤が出ています。急斜面に杉造林を造ると崩壊するのは目に見えていますが・・・。
ブログの方のログを見ますと、稜線から右手に降りた様です。その時も作業道で細く必死に踏み跡を探しながらとありました。今は消滅しています。


小仁田歩道へ戻り真っ直ぐ進みます。しばらくすると「土沢中間歩道」の標識があり、左へ激しく下降しています。行くと土沢に降りれるのでしょう。
私は小仁田歩道を進みます。途中、崩れ落ちて消失してる部分もありますが、そして解らなくなってる部分もありますが、何とか進んで行きます。
やがて二重稜線の様に広い台地状になり道は無くなります。何度も経験がある嫌なパターンです。
ヤマップの地図を見ながら小仁田集落を目指します。300mも進んだのでしょうか、右下にガードレールが見えます。降りれそうな所を探してジグザクに進み林道へ降ります。路面は荒れています。土沢の橋が架けられず、未成廃林道の加勢林道です。
林道の先に車が2台停まって、見晴らしの良い場所でテントを張ってキャンプしている3人組がいます。1人は今年3月に土沢を遡行したという地元市原の方で、しばし歓談します。
加勢林道から小仁田への生活道路を進み人家の前を通り、四郎治沢へ架かる橋の左側を四郎治沢へ降ります。崖で50m程杉造林を進み、降りれそうな所を木につかまりながら沢に降ります。


降りて上流を写したものです。右の杉造林を降りたのですが、ヒルが2匹付いています。やはり杉造林が1番危ない。飽和食塩水を持参したので噴霧します。苦しみながら直ぐに死にました。
渓流スパッツはピチピチで隙間が無いので、中に入れないようですね。


降りた地点から下流を。川幅も20m近く壁も低いので明るく平たいナメが続いて行きます。
左岸に丸い穴が並んで、中に木の柱が残っているのでトロッコ用の架橋でもあったのでしょうか。

明るいナメを降って行きます。



広い川幅いっぱいに倒木帯が塞ぎ左岸から乗り越えて行きます。倒木を越えるのが1番大変ですね。



更に大きな倒木帯があり深めの淀になっており、右岸に見える斜面を登って高巻きします。


タイルを貼ってある様なナメを進んで行きます。ナメの部分はほとんど水はありません。


タイルの様なナメは続きます。今回は古道を歩いて上流は通りませんでしたが、川廻しのトンネルもあるとの事で、四郎治沢は高宕渓谷の様な人口河川かも知れませんね。


やがて大きく蛇行している部分に100m以上の断崖が見えてきます。これをU字型に回ると小櫃川の出発点となります。


廻ってもずっとナメです。


左岸に積み重ねた様な、彫り込んだ様な紋様の岩壁。


小櫃川本流が見えてきました。右岸の岩の上を注意しながら進み、浅い小櫃川を渡り滝原の駐車場に戻りました。
楽しく充実した1日でしたね。
冬に行った方は滑って仕方なく、チェーンスパイクを付けたという方もいましたが、今回私は全く滑る事はありませんでした。冬の方が滑るのかも知れません。
沢自体にヒルはおらず、やはり杉造林でしょう。実害はありませんでした。



 

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